プティ・マニスはレースのような銀線細工”フィリグリー”を
中心にしたシルバーアクセサリーブランドです
プティ・マニスは店主eikoが2000年から
レースのような透かし模様の銀細工、
「
銀線細工-英語では
フィリグリー"Filigree"と言います-」を扱っている小さなアクセサリーショップです。
Putih Manisとはインドネシア語で、「白くて、かわいい」の意味。Putih
が白、Manisが甘い、可愛いの意味のインドネシア語です。
銀線細工が白いレースのように繊細で美しいと思ったところから付けた名前です。
1997年、24歳だった店主EIKOは会社の夏休みを利用して、初めてリュックサックを背負ってインドネシアへバックパック旅行に出かけました。
宿も予約せず行き当たりバッタリの1週間のバックパック旅行は波瀾万丈でした。雄大な自然、亜熱帯ののんびりした、人なつっこい人々、何もかも衝撃でした。

その中でも日本に持って帰ってもどうしてもずっと気になっていたのがこの銀線細工、フィリグリーでした。
「こんなに手の込んだ美しい細工は日本では滅多に目に出来ない」と思い続けて3年。
2000年冬に、インドネシアの銀細工をご紹介するサイト、プティ・マニスを開設しました。
それ以降、外野からあれこれ言われながらも、めげずに一貫してこのフィリグリーだけを扱ってきています。
大量生産されたモノに溢れる中で、本当に質の高いシルバーアクセサリー、そして心を込めて職人が作り上げたフィリグリーをお届けできたら、、と思っています。
プティ・マニスは銀線細工”フィリグリー”をレース模様のアクセサリーとしてご紹介しています。

プティ・マニスwebサイトオープン当初は現地にある物の中から、選んできた物を少しだけご紹介するものでした。
ただ、この銀線細工、現地ではどこの土産物屋にもあるような民芸品、土産物です。
フィリグリーのデザインも少しエスニック色が強いとただのアジア雑貨としてしか認めてもらえないので、エスニック色が濃くないもの、日本で普通のシンプルな洋服にも合わせられそうな物を選んでいました。
しかしやはり細かい所をもう少しアレンジしたい、リングサイズを増やしたい、様々なアレンジをしてオーダーしたい、、、
とはいっても、一般的な工房ではなかなかその要望がすぐに伝わらない、、と悩んでいた所へ救いの手が差し伸べられました。
コチラでご紹介しているタジオさんの自社工房です。
3年前にタジオさんと契約を結んだことで、より多くの、より店主eikoのこだわりを込めた、オリジナルデザインのフィリグリーを作ることが可能になりました。
エスニック色の強いモチーフを避け、透かし模様を前面に出し、より一層フィリグリーの美しさが引き立つデザインを考えています。
また今までは白い色のシルバーしかありませんでしたが、昨年から丈夫な銅を細工し銀メッキしたもの、また今年から銅の色をそのまま活かしたもの、銀細工に金メッキをしてゴールドにしたもの、銀のいぶし加工をした黒いシルバー、さらにアンティーク加工を施したものもご紹介予定です。
より一層アレンジが広がったプティ・マニスのフィリグリーのシルバーアクセサリーをご期待下さい。
ここまで書いてきますと、まるで店主はいつもやる気満々のようですが、、、
実は何度もプティ・マニスを辞めようかなと思ったことがあります。
実際2000年、まだ今ほどインターネットが普及していなかった頃にオープンしていたwebshopはほとんどの方が辞めていかれました。様々な理由があるようです。

けれども私はプティ・マニスは辞められませんでした。
今回ももう一踏ん張りしようと思い立ってサイトのリニューアルに踏み切りました。
それというのも、プティ・マニスは銀線細工、フィリグリー職人さんの仕事を切らしては行けない、頑張って仕事を提供したい、と思っていたからです。
次項でも書いていますが、
フィリグリー、銀線細工は大変手間と時間のかかる細工で、職人の手作業でしかできません。
機械でも本物の美しさは再現できませんし、素人が簡単に作れるものではありません。
その技術を受け継ぐ職人は仕事がなくなればいなくなってしまいます。
ですから細くとも長くプティ・マニスを続けたいと思っています。
そして単なる途上国の民芸品、としてではなく、フィリグリー、銀線細工の技術そのものを皆さんに認めてもらいたい、
銀線細工”フィリグリー”技術の地位向上、職人技術の継承を目指しています
そのためにお客様に、可愛い!綺麗!と思って頂けるようなデザインのものを提供したいと思っています。
お客様に可愛いと喜んでもらえて、職人に仕事が提供できて、私も嬉しい気持ちになれる、
そんな楽しいサイクルを作れたら、、と願っています。